クルマは男のステータス。なんて言われていたのは30年も前の20世紀の話。
ですが、男の子は無理をしてでもクルマがあった方が良い。借金に追われ苦しい思いをするんだけど、そんなツラさも後になれば笑い話で、クルマで作る思い出の方が大切です。
今から20年以上も前の話。僕は社会人になって直ぐにクルマを買い、ツラく苦しい思いをしながら維持し、たくさんの思い出を作りました。そのクルマは結婚して子供が生まれるタイミングで手放してしまいましたが、今でも色々なことを思い出させてくれる良き相棒でした。
社会人になって直ぐの夏のボーナスを全額頭金(5万円)にして、2年ローンでクルマを買いました。
中古で乗り出し50万円のユーノス・ロードスター。当時でも9年落ちの1991年生まれの古いクルマです。新卒で、クルマを持つというのは当時でも贅沢だったと思いますが何の躊躇いも不安もなく、ただただ嬉しかった記憶しかありません。
もちろん、駐車場代、ガソリン代、保険、税金、車検などなどお金に余裕がなく大変だったハズですが、そんな苦労より、楽しかった思い出の方が記憶に残っています。
2000年当時も、今と同じ不景気で「贅沢は敵だ」という雰囲気がありましたが、それでもクルマを買い、周りの人間からは「バカだ」とか「ムダだ」なんて言われました。だけど、クルマがあったから女子とのドライブも楽しめたし、友達と旅行にも行けたし、暇なときの時間潰しにも、急な出張や帰省、本当に大活躍をしてくれました。
そんなクルマとの出会い。
なんとなく、社会人としてのリズムを理解しはじめ、仕事帰りにパチスロに立ち寄るくらいの余裕が出てきた5月の終わり。普段は駅と自宅の間しか歩かないんだけど、天気も良いので近所の探索をしていました。
大通り沿いを駅と反対方向に歩き、エッチなDVDや大人のおもちゃを売っている店を発見して一人で興奮したりしながら歩いているとディーラーを発見。
(・・・ロードスターか、懐かしいな・・・)
学生時代、友達の父親が深緑のロードスターに乗っていたのを思い出し、何気なくプライスボートを確認しました。60万円、40万円・・・。彼女がいるわけでもないし、ひとりでの移動がメインだから2シーターでも問題ないんだよな。40万円だと車検通して、乗り出し60万円くらいか・・・。
「ご覧になられますか?」
ディーラーの中からではなく、歩道から不意に声をかけられて焦る・・・。制服姿のお姉さんがニコニコと箒とちりとりを持って立っていました。
「あ、はい・・・」
「学生さんですか?」
「社会人です・・・」
「ロードスター可愛いですよね?」
「そうですね」
「私も乗っているんですよ。見ます?」
(綺麗なお姉さんだな・・・)
「新しいロードスターより、ユーノスの方が良いですよね?」
「そうですね」
お姉さんと並び、ディーラー内へと案内されました。その間、お姉さんのお喋りが止まりません。
「Vスペのネオグリーンの落ち着いたカラーも良いんだけど、クラシックレッドの可愛いさは抜群ですよね。ユーノスって可愛いクルマじゃないですか〜。なので、クラシックレッドか、Jリミのサンバーストイエローの二択だと思うんですよね。ネオグリーンも人気だったけど、ジェントルマンってイメージなんですよ。まだ落ち着く年齢じゃないっていうか、分かります?」
「そうですね」
なぜか歩きながら奥のプライベートスペースに歩を進めるお姉さん。
「ユーノスの場合、パワーウィンドウはオプションだったので、あっ、でも大体付いてるか・・・。ロードスターって比較的、フル装備で買われた方が多いんですよ。なので基本的にはメーカーオプションは付いている車が多いんです」
「そうなんですね・・・」
可愛いお姉さんの口から、溢れ出てくるロードスター愛に溺れそうになりながら、従業員用の駐車場へ。
「見て! 私のJリミちゃん。可愛いでしょ?」
「可愛いですよね」
「ちなみに、ロードスターに乗るならマフラーと車高調は変えた方が良いですよ」
「はあ」
「(車高を)落とし過ぎると下品になるけど、少し落とした方が一体感が生まれ、オシャレに見えるんですよ。どうです? この子も少し落としているんです。可愛いですよね」
「・・・そうですね」
「ロードスターは車高が低いから、今日みたいな(制服の)スカートだと・・・パンツが見えそうになるし、ロングスカートだとドアに挟まりそうだし、女子としては服装に気をつけないといけないから大変なんですよ」
(見せてもらっても構わない。いや、むしろ見たい。見せてください)
確かにロードスターは座席が低いので、乗り込むときにかがむ必要があります。必然的に足を開かなければ乗り込めないので、パンツが見える確率が高い・・・。
「私も最初、クラシックレッドの子が欲しかったんだけど、Jリミが出たらこっちかなって」
(話の脈絡の無さは、女子特有なんだよな・・・)
「そうっすね。黄色のロードスターも可愛いすね」
「ですよね。良かった。もうすぐ車検なんだけど、通すつもりなんですよ。まだまだ乗るつもりなんです」
「ちなみに、Jリミテッドの特別色は『サンバーストイエロー』と言うんですけど、塗装工程が他の色に比べて、約4倍の工程が必要で、コストがあがっちゃうらしいんです」
「へえ、そうなんすね」
「内装も、ナルディ製ウッドステアリングでしょ。それにシフトノブとウッドパーキングレバー。特別な装備になっています」
「ほう」
「他にも、パワステも標準装備だし、パワーウィンドウ、後なんだっけ? つまり、可愛いだけじゃなくて、色々とついてお得だったんですよ」
ロードスターより、よく喋るお姉さんに興味の矛先が変わってきてしまいます。
(よく喋るし、可愛いし、彼氏とかいるのかな・・・)
「あっそうだ。お客さんなんだよね。ごめんね」
「いえいえ」
「ちょっと待っててキー取ってくる」
制服のタイトなスカートの後ろ姿で心の保養をしていると、急に振り返り
「コーヒー飲む?」
「いや、いいです」
「うん。ちょっと待ってて」
(お姉さん・・・完全にタメ口になってますよ・・・)
鍵を片手にお姉さんのマシンガントークが始まりました。
「この子はワンオーナーで、ずっとうち(ディーラー)がメンテナンスしてきたから、状態はバッチリ。ちょっと距離は伸びているけど大丈夫」
「そうなんですか」
「記録簿も揃っているしね。ちなみにユーノスってマツダの販売チャンネルのひとつって知ってた?」
「知ってますよ。後、アンフィニとか、オートザムとかですよね」
「正解。でね、ユーノスって、ダサいマツダのイメージを感じさせないようにするための戦略だったんだって」
(マツダの社員がダサいって言って大丈夫なのか?)
「へぇ〜」
「ユーノスってロードスター以外に人気車種が出せなかったんだよ。車に詳しくないと『ユーノス』イコール『ロードスター』と言うか、どっちが車の名前なのか分からない人もいるんだって」
「まあ、分からなくもないっすね」
「まだ塗装も綺麗でしょ? 屋根付きの車庫に駐車をしていたらしいので、あまり焼けていない」
9年落ちの車としては、凄くきれいです。それより、ロードスターのボンネットを指でなぞお姉さんの手にゾクゾクしてしまいます。
「内装も見る?」
「お願いします」
「ちょっと待って。幌開けるよ」
低い運転席に膝をつけ、手慣れた手つきで幌を開けてくれました。スカートから伸びるお姉さんの御御足が気になってしょうがありません。
見えそうで、見えない。究極のエロリズム。
「ちなみにロードスターは茶室をイメージしているのでドアノブも他の車とは違うデザインになってるんだよ。指を入れて開けるんだ」
「おぉすげ〜」
「ちょっと乗ってみて。ロードスターは、茶室に入るための『にじり口』のイメージで、背を低くして茶室に入る感覚、非日常への入り口を演出してるんだ」
ちょっと乗り降りしにくいのは、そんな理由なのですね。後付けかもしれないけど。
「どう?」
「良いっす」
「何が?」
(えっ、なんで怒ってんすか?)
「なんか狭いんだけど、しっぽり来るっていうか・・・」
「うん。そうなんだよね。ロードスターって、窮屈に感じるけど全てに手が届くというか、運転に必要な操作がしやすいんだよね」
(セーフ。間違ってなかった・・・)
なぜか、お姉さんの機嫌をとらなければいけないような気になってきました。
「他に気になるところ、ある?」
幌を開けているので、運転席に座っていると外にいるお姉さんを見上げる感じになります。普段は味わえない光景に身体の中心が反応してしまいます。
(・・・可愛いっす。惚れてしまいそう・・・)
「内装はシンプルっていうか余計なモノがない」
「そう、ロードスターの内装はシンプル。シンプルというか安っぽい。それには理由があるんだ。ロードスターは走り以外に出来るだけ、コストをかけないことにチャレンジしたんだって。誰にでも手が届くように、コストダウンをしたんだ。でも簡単じゃなかったそうじゃ。凄く苦労をしたそうな。じゃかな、それが日本の侘び寂びの精神なんじゃよ」
(なぜに、おばあちゃん?)
「エンジンをかけてみたらどうじゃ?」
キーを捻る。
ブオオオン、ボボボボ・・・。
「どうじゃ、この子もマフラーが変えられているんじゃ。この上品な音。ワシのロードスターと同じ柿本改のマフラーなんじゃよ。おすすめじゃ」
確かにうるさくなくない。上品なエンジン音だと思う。
「どうじゃ、寒いし、中でお茶でも飲まんかね?」
ユーノスロードスターは、ナンパなクルマと言うイメージを持っていたのですが、お姉さんの説明の上手さもあるけど、ロードスターの良さが分かってきた気がしました。
「試乗はできないですもんね・・・」
「う〜ん。この子は車検がないから試乗は出来ないなあ。私のジョージだったら、助手席に乗っても良いけど?」
(お姉さんのJリミテッドはジョージって言うんですか?)
「あっ乗れないなら良いですよ。状態良さそうだし。違う車に乗っても意味がないですよね・・・」
「ちょっと待ってて。店長に言ってくるから。ジョージに乗ってよ」
お姉さん、ちょっと待ってください。
話、聞いてます?
被せ気味に話していますが、ジョージに乗る必要あります? と言うか、ジョージに乗せてくれるなら、お姉さんにも乗せてくださいよ・・・
長くなってきたので、以下の投稿に続きます。