底辺からの視線

中年親父目線で気づいたことを雑記的に書き殴るブログ

ヒトの評価は勘違いでされる。そこを忘れてはいけない

李下に冠を正さず。

すももの木の下で手を上げるとすももを盗むと勘違いされるからズレた帽子に手をかけることはやめましょう。つまり、他人に疑われるようなことはやらないようにね。という中国のことわざ。

法律を学んだことがある人は「疑わしきは罰せず」という概念を持っているかも知れないけど、科学を学んだ人、プログラミングを学んだ人は疑わしきは排除が基本なのです。白黒はっきりしないグレーをどちらにするかの問題なのですが、法律では「黒よりのグレー」も「白よりのグレー」も白であって罪に問われることはありません。

ですが、科学の実験では、沢山の可能性から疑わしき原因は排除して100%近く再現できるように環境を整えるのが基本。疑わしき原因は全て排除に行き真理を求めるのです。プログラミングも同様にバグの要因になりそうな箇所を排除出来るのが良いプログラマーだったりします。

閑話休題

全ての行動が白の聖人君子なんておらず、多くの人はグレーの部分、ブラックな部分を持っているのです。そして、そのグレーの部分は、判断する相手が持つイメージで白にも黒にも取られるのです。

元々、感じの良いヒトがグレーな行動をしても「間違ったことはしてないだろう」と白だと思われるし、普段から悪そうなヒトは「また何かやりやがったな」なんて思われてしまうのです。他人の評価なんて曖昧で過程や結果より、印象で大きく変わってしまいます。

炎上したYouTuberも、ある人からすると「あの人はそんな人間じゃない。何かあったんじゃないか」と心配されるし、ある人からすると「ほら見たことか。昔から怪しいと思っていたんだ」となる訳です。僕個人の意見からするとアレは黒かと思いますが・・・。

信用が失われた政治家は、本当に黙食だったのかも知れないけど5人以上で会食をしたんだろ? 国民が我慢をしているのに、どうしてお前らは会食を楽しんでいるんだ!となる訳です。世間は適当で、嘘か本当かなんて調べることもなく、あくまでもイメージで判断をして炎上してしまうのです。

有名人に限った話ではなく、会社や近所でも同じことが起きていて他人の評価なんて、いい加減で信用できないのです。見た目や印象だけではなく、過程や結果をしっかりと分析をして良い人なのか、クソ人間なのかを判断する必要があるのに誰も真理を追究しようとしない。勘違いを正そうとしないのが問題だと思うのです。

正義か悪魔なのか、正しいのか間違っているのか、白なのか黒なのかって凄く気になり真相を知ろうとすると空気を読めなんてクソみたいな同調圧力がかかり、グレーのままで納得ができず、やるせない気持ちで悶々としてしまいます。

こんな世の中だから炎上したメンタリストのように印象操作をしてファンを集める人間が出て来るのです。そしてイメージだけでメンタリストの言っていることは全て正しいなんて違和感を持つこともなく、鵜呑みにしてしまう人が増えてしまうのです。

やっていることは信仰宗教の教祖と変わらなくて周りから見ると「なんで?」と思うことでも印象操作、マインドコントロールをされている状態、勘違いで評価しているのです。もちろん、良いことも正しいことも言っているのですが、冷静になって分析すればマユツバのことだってあるし、裏付けがない浅い考えだって凄くたくさんあるのです。

メンタリストDaigoの炎上を見て感じたのはYouTuberやブロガーなど個人で情報を配信することが簡単になった世の中だからこそ、情報の取捨選択の大切さ、配信する側のモラルの必要性が大事だということです。

このブログでもそうですが、言いたいことが勘違いされて受け取られることだってあるし、僕が勘違いをしていることだってあるのです。

マジで気をつけよう。

 

今年の夏も移動自粛らしいが守る人間はどれ程いるのか。

今年の夏、2021年の夏は、東京オリンピックのネガティブな話題で盛り上がり、テレビでは連日オリンピックを楽しめと言わんばかりにスポーツを垂れ流しています。僕は本来、スポーツが好きでこんな状況でなかったら年甲斐もなく、渋谷のスポーツバーで若者と盛り上がりテンションマックスで騒いでいたと思いますが、家で家族と見る無観客のオリンピックは盛り上がらず悶々としています。

この人類稀にみる経験したことのない緊急事態宣言下でのオリンピックの開催には色々な意見や感情があると思いますが、やることを英断したリーダーたちの意見を尊重し、一丸となり成功に向けて国民が協力することが必要で、日本人はそれができるはずです。ただし、国民が納得できる理由があれば。なんですよね。

本来、日本人は皆んなで協力し、何かを成し遂げるのが大好きで、その同調圧力に屈しない人間を「空気が読めない」とか「キチガイ」なんてレッテルを貼る国民性です。良くも悪くも一丸となって何かに取り組むことが得意なのです。反対に「赤信号、みんなで渡れば怖くない」と変な方向に一致すると手がつけられないのも国民性です。

今年の夏は、どう考えても「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という方向に流れる気がしてなりません。頭では悪いことだと理解をしているのですが「みんなやっているし大丈夫じゃね?」と考える人間が多くなり、お願いベースでは「移動したい」という欲望は止められません。

去年の緊急事態宣言と比べて

 去年の『緊急事態宣言』はデパートもやっていないし、イベントもことごとく中止になり、緊急事態なんだと理解ができたのですが、今回の緊急事態宣言はデパートは営業しているし、世界的に有名なスポーツ大会も東京で開催されています。街を歩けば多くの人がマスクはしているものの楽しそうに生活をしている姿が垣間見えます。

東京の通勤電車だって相変わらず混んでいるし、都内でランチを食べてるのに並ばなければ入店できないようなお店まであります。去年はランチを食べるにもお店が開いていなかったし歩く人たちもどんよりと沈んでいた気がするし、電車もほとんど人が乗っていなかったのですが、今年は全然、人が減ったという実感はありません。

その一番の違いは「慣れ」ではなく諦めのような気がしてなりません。去年は僕も「感染しないように気をつけなければ・・・」と思っていましたが、今年は「感染したらしょうがない」と諦めがあるのです。

さらにいうと日本政府に対する諦め。こいつらは何を言っても変わらないなという諦めです。色々と文句を言うのは対策をしてくれるだろうなんて淡い期待があるからで、諦めると何も感じなくなるのです。そして、今は協力しようなんて気が全然湧かず、みんな自由行動を取るのです。

感染爆発の未来しか見えん

急に新規感染者数が増え出したのもお盆という一大イベント前に国民を脅そうなんて裏があるのでは?なんて勘ぐってしまいます。ですがもう取り返しのつかないところまで来てしまったのです。

残念ながら一部の人を除き、殆どの人が行動します。アクティブな2割は緊急事態だろうが平時だろうが行動します。この人たちは何を言っても関係ありません。去年も行動していた人間たちです。そして、粛々と自粛する人間も同数2割います。この人たちは今年の夏も自粛をするでしょう。

残りの6割の人たちは、空気を読み、周りに合わせるタイプで今の日本では行動するアクティブ派が優勢です。オリンピックもやっているし、対策をしない国に対して反発心が芽生え、行動に出るでしょう。つまり国民の8割が動くのです。去年はこの6割の人たちは自粛をしていたのですが今年はおそらく家に籠ることはありません。

行動することが悪いことだとは思いません。しっかり対策を取って感染しないように細心の注意を払って行きましょう。

オリンピック女子サッカー敗退。残り10分でチャンネルを変えた理由

最近の少年サッカーを観ていても、日本代表戦を観ていてもワクワクしない理由は何かを考えました。きっかけは、昨日のオリンピックの女子サッカーをテレビで観ていて途中で応援する気がなくなり「あっ勝てねえな。これは」と感じたことです。本当はスポーツなので勝敗は重要で気にしなければならないのですが、僕はあまり勝ち負けにはこだわっていなくて、スポーツに求めるのはワクワク感なのです。0-10で負けていても1点を泥臭く取りに行く選手たちの勇気を求めているのです。なので昨日のスエーデン戦は途中でチャンネルを変えてしまった。

技術は間違いなく上手くなっているんだけど、絶対に勝ってやるという気持ちが見えなかった。球際の強さとか必死さの差を感じ「あっ勝てねえな。これは」となってしまうのです。

世界レベルは程遠い

代表戦であのような残念なプレーをされると日本サッカーからファン、サポーターが離れてしまうのです。スキル、技術、戦術は世界に追いついて来ましたが、まだまだメンタルというか試合に挑む気持ちの部分で負けているという印象を受けました。というかスキルが上がり、海外チームとレベルが拮抗すればするほど最後はメンタル、気持ちの問題になり、余計目立つのです。

凡人の僕が観ていても感じる違和感なので、日本を代表する選手、監督、コーチ、スタッフは気づいていると思います。ですが、この気持ち、メンタルの部分はなかなか改善するのが難しく、改善するためには時間と手間がかかります。偉そうに言っていますが、僕は少年サッカーを指導していてこの気持ち、メンタルの部分の強化はサッカーだけでなく、全ての生活に影響を与えることを実感しています。

そして残念ながらここ数年、子供たちを観ていると少年サッカーから女子日本代表のようにガムシャラさを感じなくなってしまったのです。

クソみたいな指導のせい

最近の少年サッカーの指導を観ているとまずは技術、スキルの習得だと考える指導者、保護者が多く、スキルの差があれば負けて当然という雰囲気がプンプンとします。もちろん、サッカーでボールを扱う技術は必要ですが、それ以上に勝ちたいという気持ちが必要なのです。

なでしこジャパンが10年前に偉業を成し遂げたときは明らかに海外のチームより技術的に劣っていました。ですが、必死に食らいつき試合後に立てなくなる選手も見受けられ必死さが伝わってきました。そこから海外に負けないくらいの技術を身につける指導をコツコツとしてきたのにこの有様です。きれいにサッカーをすることにばかり気を取られ、スポーツをする上で一番大切なことを置いてきてしまったのです。

少年サッカーに足りないもの

技術の習得は理論的にどうすれば良いのか纏められ指導法とて確立されてきています。それは草の根の少年サッカーの指導も年代ごとにどんなスキルを習得れば良いのか、将来の日本サッカーを強化するための指針が示されています。ですが、理解をしていない保護者、指導者のせいで子供たちから大事な気持ち、メンタルが抜け落ちてしまっているのです。サッカースクール化しているというか技術の習得だけが目的になり、試合は技術を披露する場になっている印象で、本来は試合に勝つためにトレーニングを積むハズなのに技術を身につけるトレーニングを小学生時代から繰り返し、ガムシャラさや必死さがなくなってしまっているのです。

低学年のうちはいわゆる団子サッカーで必死にボールを追い、勝とうが負けようが相手より必死になってボールに対する執着心を育ててあげなければならないのです。大人のサッカーを押し付けカッコ良く勝ちたいとバカみたいな指導をするコーチ、そしてそれを良しとする保護者が日本のサッカーをつまらなくしているのです。

応援している人がワクワクするためには、必死に頑張る姿が必要で、多くのサポーター、ファンはそれを求めているハズです。このままでは日本サッカーからサポーターが離れ、廃れていってしまうなんて凡人の僕でも危機感を抱いてしまいます。

やっぱり草の根の少年サッカーから見直した方が良いんですよ。10年後の日本サッカーを危惧して終わりにします。

 

2020年前と後で大きく変わったこと

2020年から稀有な事態が世界中を襲い、ソーシャルディスタンスを守り、他人との繋がりを奪った。沢山の人の命を奪い、自由を奪い、まだまだ落ち着く気配のない感染症のせいで『普通』という価値観が書き換えらました。

普通、サラリーマンは会社で働くものだったし、普通に休みの日は子供たちと外出していたし、毎日のように同僚、仲間と飲み歩いてクダを巻き、バカみたいに内容のない会話でクソ盛り上がり、ストレス発散するのが普通でした。

2020年以降は、一年を通してマスクをするのが普通になったし、ひとりで遊ぶのが普通になり、何でもリモートで行うのが第一選択肢になって賛否両論ありますが、働き方、生活、暮らし、価値観までも変えなくては生きていくことが難しくなったのです。

平和ボケをしていて、安心安全で生きることに困らない、欲しいものは手に入る飽和社会で生きている現代日本人としては緊急事態なんて対岸の火事であって遠くから眺めるものであり、まさか自分が巻き込まれるなんて想像もしておらず、さらに慣れない生活を強いられ、間接的にストレスを溜め、精神的に追い込まれ、発散する場もなく悶々と地味で耐えるだけの生活を送っているのです。

ですが、悪いことばかりではありません。不謹慎な話ですが、これくらいインパクトが強く、強制的に行動を求める刺激を与えないと変化できないクソみたいに現状維持を良しとし、色々と問題があるのに目をつぶって気づかないフリをしていて、問題提起をすると「キチガイ」だの「空気の読めない人間」などとレッテルを貼り、意見を聞かない意固地になっている社会に与えられた試練なのかもしれません。

多くの犠牲、命を奪ったコロナで何も変わらなければ悔やんでも悔やみきれません。生き残った人間は追悼の意を表し、先に進むしかないのです。

平時のときでは見えなかった人間の弱さ、汚さ、脆さをまざまざと見せつけられ、自ら考え答えを導き出すコト、状況を判断し最適解を実行する勇気の大切さを感じたのが一番の変化だと思います。

2020年以降はそれ以前に比べると選択肢が増え、自ら判断し行動することを求めることが多くなってきました。出社するのか、リモートにするのか、遊びに行くのか、自宅で大人しくしているのか、何も考えずに他人の言いなりになり我が身を危険から守ることが普通になったのです。

奇しくもDX(デジタルトランスメーション)と重なり誰かの言いなりになって生活を送る人間にとってはツラく厳しい時代に突入したのです。現在、コンピュータに人間が勝てるのは判断の精度くらいで、偶然にもコロナ生活で求められている能力と一致しているのです。

望まなくても状況が変わり、2020年以前と違い、より多様性、よりニッチになって行くのです。そして今までのように「右にならえ」というマス的な行動より、自ら状況を判断し、考え最適解を見つける能力を持った人間だけが時代の変化に対応でき、生き残ることができるのです。立ち止まっていても何も変わりません。行動する勇気を持ちましょう。

拝啓、菅様

世界から集まったスーパーアスリートによって熱い戦いが繰り広げられ、日本の暑い夏にブーストをかけ、一段と不快な暑さの中、如何お過ごしでしょうか。

こちらは暑さにもコロナにも負けず、例年より暑い夏にマスクをつけ熱中症とコロナに気をつけながら健気に生きております。

世間では勤め先が倒産したり、経営している店舗の閉店を余儀なくされたり、大変な時勢ですが、幸いにも我が社は辛うじて存続をすることができております。これも一重に菅様を始め、国政に関わる皆様のご尽力によるものだと感じております。

菅様におきましては、先日テレビでご拝見させて頂いた限りではお変わりないようで何よりです。心許な記者による質問ものらりくらりくらりと交わし、質問の趣旨と違う答えをする高度なテクニックに舌を巻いています。また、反対意見も多数あり、緊急事態宣言下、全然安全でも平和でもない中、平和の祭典を開催する手腕にも驚かされ、開いた口が塞がらない状態でございます。

さて、そんなスーパーでマルチな才能をお持ちである菅様には容易でお手を煩わせることのないお願いをひとつだけ聞いて貰いたく筆を取らせて頂きました。

出来ることなら、この度、発出を検討されている緊急事態宣言なのですが、最後にして頂ければ幸いです。もちろん、これで終わりだと言うのであれば多少の犠牲は払う所存でございます。中途半端な禁酒令では感染拡大に歯止めが効かないと僭越ながら感じております。私のようなアホでも想像ができるような事態は勿論、想定されていると思いますが、念のためにご進言させて頂きます。

ここでは詳しい話はできませんが、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうなくらい感情が高まり、自分の感情が抑えられず、そんな自分に耐えられず、自暴自棄になり、何をしでかすか自分でも分からず制御できない状態まで追い詰められております。

何卒、安心安全な日本のためにお力添えを頂きたく思います。

敬具

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官邸に届けっ!!

僕の住む神奈川県にも緊急事態宣言が出るらしい。分かるけど納得できない

東京オリンピックで連日、盛り上がっていますがとうとう東京のコロナ新規感染者数が3000人を超え、僕の住む神奈川県も1000人を超えました。ワクチンの接種どころか予約すら出来ていない中途半端な親父としては戦々恐々と状況を確認するくらいしか対策はないのですが、皆様はどうなんでしょうか。

いい加減慣れたので緊急事態宣言で大きく生活が変わることはなく、粛々と感染予防を続けるだけです。

去年から実家にも帰れず、旅行にも行けず、家族で移動することもままならず、NAロードスター、クロスカブ110の出番が増え、苦手だったひとり遊びにも慣れ、それなりに楽しんで生きていますが、やっぱりコロナ前の生活が懐かしく、もう、あんな生活が出来ないのではないかなんて悲観的になってしまいます。

僕の場合は、運良くコロナ渦中でも仕事があり生活が維持できていますが仕事を奪われた方、愛する人を亡くされた方など本当に何に怒りをぶつければ良いのか分からないと思います。

4度目だか5度目だか知らないけど、やるなら徹底的にやらないといけないのに中途半端な緊急事態宣言じゃ何も変わらないのです。状況を変えるためには周りからの怒りや反感を買ってでも行動を制限して一気にカタをつけなければなりません。うちの菅首相は、その辺のサジ加減がクソ過ぎて何も状況が変えられない。というか、オリンピック開催という暴挙に出て感染拡大を助長しているのです。

「人流は減っている」なんて何を見て言っているのか、オリンピックは感染拡大に関係ないなんて本気で言っているのか。ある意味、そんな我が国のリーダーを尊敬してしまいます。凄くポジティブで勇気を持って突き進むそんな背中を見て生活をしている国民は呆れ返っているのに、まだまだまだイケると判断するなんて正気の沙汰ではありません。

今回の緊急事態宣言は7/30に発出される方向で検討しているそうですが、禁酒だけだったら腹を抱えて笑ってしまいます。まさか、そんなことで新規感染者数が減ると思ってはいないと信じたいですが、おそらく想定内の対策のみで賭けになりそうにもありません。

あ〜今年の夏も家に籠るのかあ。

【少年サッカー】ジュニアユースの監督をやって気付いた少年サッカーで習得するべきスキル

僕は少年サッカーの指導者を8年、ジュニアユースの監督を2年。サッカースクールのコーチを2年続けました。世間で叩かれる対象のお父さんコーチでしたが、どう考えても子供たちのためにならない指導を行っていた当時のクソチームを変え、息子を含む子供たちのために少しでも役に立ちたいとJFA公認C級コーチを取得し、他チームの指導者と交流を深め、意見を交換し、切磋琢磨し、子供たちに指導をしていました。

息子の卒業と同時に、以前から声をかけられていたジュニアユースのクラブチームでの監督を引き受け、中学生の指導を行ったのですが、残念ながら代表の私生活の乱れから、解散せざるを得なくなり、志半ばでチームが解体することになってしまいました。ですが、ジュニアユースの監督をした経験は大きく、ジュニア時代、少年サッカーでどんなことを学んでジュニアユースに上がれば良いのか、中学生、高校生でどんなことを学ぶのかが理解できました。

とは言っても、僕が指導した少年サッカーのチームも、監督を務めたジュニアユースのクラブチームも、それほど強豪のチームではありません。街のボランティアチームでサッカーをし、圧倒的なスキルや体力で周りを圧倒できる子供ではなく、地域トレセンに選ばれるレベルで中学校のサッカー部では物足りないと言うレベルの選手が集まる弱小クラブチームでしたが、少年サッカーをしていたチームの指導方法により、ジュニアユースでの成長率が変わるのを実感しました。

どんぐりの背比べで入ってきた子供たちでも、1年経たずに伸びる子と伸びない子がはっきりと別れ、高校に上がる頃には大きな差になるのです。少年サッカーで自分で考えること、判断することを徹底的に教え込まれた選手はグングンと伸び、反対に指示をされ忠実にこなすスキルを身につけた選手は伸び悩んでしまいます。セレクションや入ってきて直ぐのトレーニングでは、同程度に見えますが3ヶ月後くらいから徐々に差が開き、半年くらい経つと目に見えてプレーの質が変わってきます。1年生でも3年生の試合に出れるのは前者で、反対に3年生になっても試合に出場すらできなくなるのは、後者とはっきりと別れてしまいます。

もし、あなたの子供が少年サッカーをしていて、将来サッカーを続けて欲しいと思うのであれば、子供に判断の訓練をしてくれる少年サッカーチームを選択してください。ぶっちゃけた話ですが、コーディネーションと判断の訓練だけを少年サッカーで学んで欲しいと思います。技術やサッカーの戦術については、後の年代で、いくらでも教え込み習得させることが可能で、小学生のうちから身につける必要はありません。それよりも習得までに時間のかかる『判断』と思い通りに身体を動かすために必要な『コーディネーション能力』の訓練だけで良いのです。

少年サッカーのコーチの勘違い

少年サッカーを教えている指導者の多くは、止める、蹴る、運ぶ技術が必要だと認識をしています。もちろんサッカーを行うために必要な技術なので、ボールを止める、蹴る、運ぶ技術はとても重要で小さい時からしっかりと身につけて欲しいと思います。

ここまではサッカーの話ではなく、サッカー以前の話でサッカーをするために必要な最低限のスキルであって、どんな指導者でも必要だと感じトレーニングを行うことが多いと思います。そして、その後、学年でいうと3、4年生くらいからは残念ながら指導者によって中学生になり、活躍できる選手になるか、クラブチーム出身という名声とクラブチームの運営のためにお金を払う選手になるかが決まってきてしまいます。

生臭い話になってしまいますが、少年サッカーのボランティアチームと違い、クラブチームの場合は運営をするにもお金がかかります。トレーニングを行うグランドの確保、各大会に参加する費用、監督やコーチの人件費など月に20~50万円の維持費が掛かり、少数精鋭のクラブチームなんて贅沢なことはできません。なので、最低でも各学年20人程度が必要で3学年で60人くらいの世帯のクラブチームが主体です。10,000円程度の大きな負担を強いても60人の選手がいなければクラブチームは存続ができません。どんな強豪チームでも懐事情は一緒で、試合に出れないとわかっていても、入ってきてくれて月謝を払ってくれる選手は必要なんです。Jリーグ下部組織でもその辺は変わらず、運営を続けるために戦力としてではなく、財力として取ることがあります。

少年サッカーを始めるときは近所の小学校で活動をしているチームに入ると思いますが、中学年から高学年にかけての指導で子供たちが、その先に成功するかしないかの大きな差になるのは、判断の訓練をしているかなのです。

僕が観ていて少年サッカーの指導者の大半は、子供に判断をする訓練をしていません。一番大事な判断の部分を指導者が指示を出し、子供たちは忠実にプレーをするスキルを身につけるのが正解だと勘違いをしているのです。小学生のうちに判断する基準である『プレーの優先順位』を教え、判断は子供たちに任せる必要があるのですが、プレーの優先順位を理解しておらず、自分たちがやってきたサッカー、憧れているサッカーを子供たちに押し付け、判断をする訓練をしていないのです。

一生少年サッカーを続けるわけではありません

そのクソみたいな戦術を押し付けられた選手はチームの戦術が変わると対応ができず、上手いんだけど活躍ができない可哀想な選手になるのです。少年サッカー、特に現代では8人制が主流になり、そこで身につけた戦術は11人制のサッカーでは通用しません。そんな単純なことが分からずに大人の考えを押し付け、不幸な選手を量産しているのが少年サッカーの現実で、勝った負けたと一喜一憂し、クソみたいな指導者とアホな保護者が喜んでいるのです。

もし、少年サッカーのチームで中学生、高校生と続けることが可能で将来的にプロにまでつながるのであれば問題はないと思いますが、そんな理想的なボランティアチームなどあるはずもなく、必ず指導者が変わり、プレーするための戦術も変わるのです。

東京オリンピックサッカー男子代表にはフロンターレのジュニア(U-12)出身の選手が三苫、久保、板倉、三好、田中碧がいますが、彼らをフロンターレのU-12で指導した高崎さんと当時話をしたのですが、高崎さんも「フロンターレのサッカーはU-12ではさせていない」とおっしゃっていました。と言うのも全員がトップに上がれるわけではなく、色々なチームで活躍することになる。その監督やチームの事情によって戦術は変わるし、全てを教えてもらえるわけではない。なので、自分で判断をして行動できる選手を育てないといけないとおっしゃっていました。Jリーグの下部組織ですら、次の指導者に引き継ぐために判断力を身につけさせているのに、街のボランティアチームがクソみたいな戦術を押し付けると、次の年代で何もできない選手を育ててしまうのです。

良いチームの見極め方

これは指導者にも保護者にも知って欲しいのですが、良いチームは中学年から高学年にかけて判断を伴うトレーニングを行っています。と言ってもトレーニングを知らないと難しいですよね。ですが、ちょっと観ただけで良い指導者か、そうでないかは分かります。

それはレーニング中に子供たちにどんな声をかけているか

「どうだった?」とか「こっちは観れたか?」とか疑問形で声をかけている場合は子供たちに判断をさせようと考えている指導者です。これは日本サッカー協会公認C級コーチの講習会でも口を酸っぱく言われることで、子供たちに状況を把握させ、判断をさせる訓練なのです。

そして判断をさせるためには必ずプレーの優先順位があり、その優先順位はサッカーのルールが変わらない限り変わることのない原理原則なのです。

ジュニアユースの監督をして気付いた少年サッカーで習得すべきスキルは、習得までに時間のかかる『判断』と思い通りに身体を動かすために必要な『コーディネーション能力』です。技術的なスキル、戦術は上の年代でも十分に教え込むことは可能だし、ボランティアチームのクソみたいな指導者よりプロとして学び、教える指導者の方が間違った指導であるはずがありません。

指導者の皆様には子供の将来を潰さないで欲しいし、保護者にはそんなクソみたいな指導者から我が子を守ってもらいたいと思います。